(2010. 4. 30 掲載)
26学会(41万人会員)会長声明 |
社団法人日本化学会は関係する学会と連携し、去る平成22年4月28日(水)、東京大学小柴ホールにおいてシンポジウムを開催し、我が国の科学・技術に関する方向性を議論し、その政策のあり方と提言を行いました。当該シンポジウム後、これを骨子として以下の通りにまとめ発表致します。
26学会(41万人会員)会長声明
科学・技術による力強い日本の構築
−我が国の科学・技術の進むべき方向と必要な政策−
平成22年(2010年)4月28日(水)
26学会長パネルディスカッション及びアンケート調査を受けて
社団法人応用物理学会会長 東京都市大学副学長 白木靖寛
社団法人日本化学会会長 日本学術会議第三部長 電気通信大学教授 岩澤康裕
社団法人日本機械学会会長 東京大学理事・副学長 松本洋一郎
社団法人日本金属学会会長 東京工業大学教授 三島良直
日本結晶学会会長 福井工業大学教授 甲斐 泰
社団法人日本建築学会会長 早稲田大学教授 佐藤 滋
社団法人高分子学会会長 京都大学教授 澤本光男
錯体化学会会長 分子科学研究所教授 田中晃二
触媒学会会長 鳥取大学教授 丹羽 幹
社団法人情報処理学会会長 東北大学電気通信研究所教授 白鳥則郎
社団法人日本数学会理事長 東京大学教授 坪井 俊
社団法人日本生化学会会長 東京大学教授 北 潔
社団法人日本地球惑星科学連合会長 東京大学教授 木村 学
社団法人電気化学会会長 電気化学工業鞄チ別顧問 伊藤 東
社団法人電気学会会長 明治大学理工学部教授 松P貢規
社団法人電子情報通信学会会長 慶応義塾大学教授 青山友紀
社団法人日本天文学会理事長 名古屋大学教授 國枝秀世
社団法人土木学会会長 株式会社東北電力顧問 近藤 徹
社団法人日本農芸化学会会長 東レ株式会社先端融合研究所長 清水 昌
社団法人日本表面科学会会長 東京工業大学教授 柳邦夫
社団法人日本物理学会会長 大阪大学教授 大貫惇睦
社団法人プラズマ・核融合学会会長 未来エネルギー研究協会会長 本島 修
社団法人日本分析化学会会長 東京理科大学教授 中村 洋
日本放射光学会会長 東京大学教授 尾嶋正治
社団法人日本薬学会会頭 東京大学教授 松木則夫
社団法人有機合成化学協会会長 東京大学教授 福山 透
昨年12月末に政府の新成長戦略が発表され、その中で重要な位置づけとなる科学技術政策が活発に議論されている。また、本年4月に科学技術基本政策策定の基本方針(素案)が作成され、平成23年度より始まる第4期科学技術基本計画の策定に向けて各省からの意見を含めて肉付け作業が始まっている。一方で、総合科学技術会議アクションプラン策定による新たな科学技術予算作成プロセスも進んでいる。科学・技術の強化の重要性は政府の理解があるとはいえ、平成22年度の科学技術予算は十分な戦略が検討されないまま純減となり新成長戦略からの乖離が見られる。一方、世界各国は成長の鍵として科学技術予算の増額をはじめ様々の方策を強力に進めており、このままでは日本における研究の継続性・発展性と日本の国際競争力の優位性に危機感が持たれる。また、世界的な人材育成・獲得競争時代に日本の対応の遅れが指摘されている。23年度以降の予算を決める重要な節目であり、事業仕分け作業も行われているこの時期に、26学会(41万人会員)共同シンポジウムを開催して、科学研究・技術開発に対する我が国が取り組むべき課題、日本の現状に対する認識、向かうべき方向、並びにそのための政策と決定の仕組みについて討議を行った。
現在、我が国が抱える解決すべき国家課題は、持続可能社会の実現、医療・健康・安全、環境とエネルギー、枯渇資源代替、情報通信システム、共生できる社会基盤、産業・経済・雇用政策、人材確保、国土と地域の再生、自然災害への備えの強化など、解決が困難で複雑・深刻なものが多く、また予測困難な問題も予想され、これらの解決には長期的、多角的視点からの多様な先進的研究が必要である。国際社会の中で我が国の科学技術全体の中・長期的展望を論ずることなく、また科学・技術の発展の歴史と源泉に対する十分な理解なくして、財政運営の一側面からの効率性、短期的収益・成果のみで研究機関の予算、事業の仕分けを行うべきものではない。科学・技術の発展が我が国の生活の豊かさに貢献することは国民の多くの共通認識となっている。
資源・エネルギーに乏しく、災害多発の我が国が有限の地球上で生き残りをかけ、国際的な大競争時代に勝ち、持続的社会を構築し、また、先進国の中でプレゼンスを高め国際貢献を果たすためには、科学・技術による力強い日本の構築が必須である。新成長戦略や科学技術基本政策策定の基本方針(素案)において、世界をリードする科学・技術の持続的な創出、科学・技術・イノベーション政策の一体的推進、人財育成・活躍促進の改革推進が謳われている。科学・技術による力強い日本を実現するための大学・研究機関の強化と予算措置が求められる。
こうした観点から、以下の(A)−(D)の13項目の指摘・提言を行い、関係方面に適切なる対応をお願いする次第である。
(A)研究教育予算・投資の改善
1.運営費交付金、私学助成金による大学・研究機関の基盤強化は、若手人材育成と高等教育の活性化を推進し、創造的な科学・技術を生み出す源泉となる。平成7〜8年頃にいわゆる校費が100万円/年あった教授あるいは准教授の資金は、平成11年から急激に減少し、平成16年の法人化頃には70万円/年、その後の運営費1%削減で直線的に減少し、今日ではおよそ40万円/年となっている。高等教育に必要なコストを無視した定率削減固定化と過度の外部資金の獲得競争化は教育研究体制の劣化を引き起こすだけである。科学研究費の直接経費は平成15年頃から一定なので、採択件数はほとんど増加していない。大規模大学で60〜70%の教員が科研費の援助を受けているとすると、中・小規模大学ではおよそ30%となる。中・小規模大学の60%以上の教員は上述の校費のみであり、研究・教育できる状況ではない。実際、最近の我が国の大学等の論文数は減少傾向であり、特に我が国の多数を占める中小規模の大学において減少が著しい。旧7帝大など上位大学とそれ以外の大学との研究力・教育力の差が拡大しており、我が国の科学力・技術力の総合的低下および人材供給力低下をもたらしている。極めて憂慮すべき状況である。
2.日本の研究費はGDP比で3.6%だが、公的機関の研究費は全体の17.5%しかなくほとんどは民間が研究開発を担っている。80年代の民間の大企業には基礎研究から開発まですべてを行う体力があったが、現在の状況は,それが不可能になってきている。それを補うためにも、国が基礎研究の部分を担って産業の衰退を防ぐことが、我が国の発展に必要不可欠である。川端文科大臣が1月7日に述べたようにGDP比“1%以上”の研究費確保が最低条件である。
3.多様な研究費の確保は科学・技術の発展に必須である。例えば、感染症やゲノム、がん、環境、エネルギー、自然災害軽減など、オールジャパンで取り組む必要がある課題の推進に必要な、年間10〜20億円のいわゆる中規模設備や中規模研究費分類を整備する必要がある。また、大型施設は必要ではないが多数の研究者が長年にわたり行う年間数10-100億円の大規模研究分類を設ける必要がある。この種の取組み方は我が国の得意なやり方で世界に勝つための方法論として見直すべきである。
4.SPring-8やKEK-PFの大型放射光施設等は、物質科学、生命科学、環境科学、分析科学、エネルギー科学など非常に多くの研究分野の先端的な科学・技術研究と人材育成を担っている。大型施設を基盤とする極めて多数で多様なスモールサイエンスの発展は今後の投資のあり方の一つである。
(B) 研究資金の過度の集中の是正と多様な評価・価値観の導入
1.一部の総合大学に研究機能を集中させる現政策は国家としての研究力を逆に弱めている。一国の優れた研究体制には広い裾野を持つ「知の連山」の構築が必要である。WPIやGCOEなど特定の大学等に集中するべきでない。ここ数年の“論文数減少”や“博士課程への進学率減少”に見られるように、広い裾野を持つ「知の連山」なくして、若手研究者の基礎研究や人材育成を力強く行うことは不可能である。また、国策的に強力に基礎科学とイノベーション開発を推進するべく研究開発機関が必要である。
2.競争的資金制度については、見直すことは必要であるが、基礎研究は多様な人材が多様な価値観・多角的視点と自由な発想により行ってこそ成果が挙がる性格のものである。トップダウンでファンディングを一元化したり、整理したり、若手研究者や女性研究者に対する競争的資金の整理統合は、創造的活動の可能性を狭め、将来を見据えた国家戦略としては極めてリスクを大きくする。
(C)女性・若手研究者支援と奨学金の充実
1.高等教育を受けた有能な女性を人材として活用することは、国の基盤を強化する上で必要不可欠である。我が国の科学研究及び技術開発の将来を担う若手研究者や女性研究者の成長を支え、夢を与える科学技術施策や執務環境を整備する施策に安定的な予算配分を確実に手当てする必要がある。
2.ポスドク問題は極めて深刻化している。近年はその影響が全国の大学における博士課程進学率の激減へと連動している。このままでは確実に我が国における科学を継承する人材の枯渇、永久的な海外流出へとつながる。キャリア支援活動の一層の充実をはかる必要がある。国の理工系行政官、大使館科学技術職員は欧米並みに全て学位取得者を優先採用することなど、国策として率先した抜本的対策を講じる必要がある。
3.新しい基礎科学を創造する主体は大学院博士課程の学生を含めた若手研究者である。数年後に団塊の世代の教授が大量に退職し、教員の世代交替が起きる。次世代を担う現在のポスドク等の若手研究者は我が国の基礎研究、技術開発を発展する上で重要であり、様々な支援策の継続が必要である。国際共通観念に照らし我が国も博士学生に“奨学給付金”を支給すべきである(当面“50%の博士課程学生”に給付)。中長期を見通した国の科学・技術を支える人材を系統的に養成するために、初等・中等・高等教育とつながる一貫した科学・技術教育体系の構築が必要である。先進諸国の中で高くはない日本国民の科学・技術リテラシーを一層向上させるためのアウトリーチ活動支援は重要である。
(D)その他(学術法人、科学・技術の日、政策決定)
1.公益法人改革は、基本的に学術団体にはなじまず、「学術法人法」を制定していただきたい。学会の文化的活動に税金を課している国は我が国だけである。税的優遇措置によって民間から学術活動への寄付行為を促し、学協会の活動を活性化することは極めて重要である。また、科学・技術コミュニティーの発展を支える上で、学協会など学術団体の活動を強化するための施策を実行することが重要である。研究の成果を広く公開し社会に資する事業は、最も明確な公益事業である。論文として発信する日本の科学・技術の成果を外国の影響力ある学術雑誌での発表に依存することは、科学・技術の空洞化である。アメリカ、欧州に並びアジアを代表する日本発の権威ある国際学術雑誌の発行は我が国の科学・技術の力を真に定着させるものとなる。学協会の国際雑誌発行支援を抜本的に強化する必要がある。
2.世界を先導する科学技術立国として「科学・技術の日」を設け、国民の科学技術リテラシーの向上と力強い日本を世界にアピールすることを提案したい。
3.資源・エネルギーに乏しい我が国では、科学・技術が国の運命を決めると言って過言ではない。科学・技術の中・長期的展望と科学的評価検証を行い政府に科学・技術政策の羅針盤と的確な情報を提供できる仕組みが必要である。例えば、日本学術会議と各学会の知恵と頭脳を利用することは意義がある。我々研究者コミュニティは、常に世界を先導する科学技術と若手人材育成・教育の強化を行い、我が国の持続可能な文化的社会構築に向け、最大限の努力と責務を共有したいと思う。
4.政策決定にあたって政府と科学・技術研究の当事者である科学者・技術者との連携が弱い。今後は政府と日本学術会議、各学会等が強く連携して、科学者・技術者が参画して力強い日本を構築する仕組みと政策が重要である。また、それらを社会、国民に十分に説明を行い理解をもとめる活動を充実させる必要がある。
鳩山内閣が、我が国の中・長期的国家戦略としての科学力・技術力強化とそのための若手人材育成強化などの将来への投資の展望に立った予算の策定と、力強い多様な大学・研究機関の強化を実施されることを強く要望します。
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